研究者にCRFの意義を説明したい

質問箱

研究者に「研究するときは症例報告書っつうものが必要なんだよーー」「カルテみながら、エクセルで作成したなんちゃってデータベースに直接データ入力するのは本当はだめなんだよーー」というのを効果的に伝えたいのですが、どんなふうに説明しますかい??研究者に言っても「CRFってなんじゃらほい。そんなん必要??」て返されるので、どうしたもんかと頭を悩ませ中です。

こういった「そもそもの前提がぐちゃぐちゃ」や「一般常識と考えていたことが通用しない」類の問題は臨床研究の現場ではよくあることだと思います。症例報告書(CRF)が無いことと、エクセルをデータベースに使っていること、どちらも問題と言えます。ですが、EDCの場合でも、CRFとデータベースの入力が一緒になっているようなものなので、「直接データ入力するのは本当はだめ」と言ってしまうと以後の説明で逆に混乱してしまうかも知れません。CRFのことをある程度知っている研究者だと、もともと症例報告書は治験依頼者にデータを受け渡す(報告する)ためのものという側面があるため、自主研究だと必要ないだろ!と感じている可能性もあります。倫理指針における症例報告書の必要性を匂わせる条項も下記くらいしかないこと自体も、問題なのかも知れないですね。

第19  研究に係る試料及び情報等の保管
(2)研究責任者は、人体から取得された試料及び情報等を保管するときは、(3)の規定に よる手順書に基づき、研究計画書にその方法を記載するとともに、研究者等が情報等 を正確なものにするよう指導・管理し、人体から取得された試料及び情報等の漏えい、 混交、盗難、紛失等が起こらないよう必要な管理を行わなければならない。

と、前置きが長くなりましたが、この条項を柱にCRFの必要性およびエクセルの限界を力説したところでややこしい話になってしまいますので、コモンセンスに頼るしかありません。

そのデータは誰が入力したもの?

カルテからエクセルへデータを直接流し込む上での一番の不安点はこちらです。エクセルの場合は編集制限をかける手段が大変限られています。また、入力ミスが発覚した場合に修正を行おうにも、修正を行った瞬間に修正前のデータがあとかたもなく削除されてしまいます。修正の場合は必ずコメントを挿入するという手順も考えられますが、修正履歴が残らないため後から確認をする術もありません。故意の改ざんがあった場合も、原データと照合しなおさないと気づきようがありません。研究結果を投稿論文にまとめた場合にも、第三者にはこれが正しいデータであるのか、確認のしようがありません。こういった面では、紙CRFにさえも劣っていると言わざるを得ません。

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ミスに気付きにくい

エクセルは、その自由度と新設設計ゆえに色々な入力ミスに気付きにくいです;桁数を間違って入力、行がずれているのに気づかずに入力してしまうこと、データ型が勝手に変換されてしまうこと…紙CRFでも記入ミスはありますが、桁数を枠で表示する等の工夫が可能です。またEDCにおいては、エディットチェックの設定が可能ですので、更に高度な入力ミスの防止が行えます。

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一か所からしか作業が出来ない

エクセルを使うと、データ入力をするにも、モニタリングをするにも、その単一ファイルしかないため、大変非効率的な作業を強いられます。紙媒体のCRFならまだ分冊にわける、ビジットの入っていない症例をモニタリングする等のことが可能です。モニタリング以前の段階においても、医師は医師の担当部分のみ、検査結果はCRCに収集して記入・入力してもらう等の運用も、紙CRFまたはEDCならではの便利さです。エクセルで同じことをやろうとすると、ファイルのコピーをしてCRCやモニターに渡す必要が出てきます。唯一性が全くないので、例えばモニターが確認している最中に変更されていることも保証できません。

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情報漏洩のリスク

エクセルのデータは、入力したその端末にそのままデータが保存されていること、そして基本的にそのデータが誰に気付かれることもなくコピー・持ち出しできるため、情報漏洩対策が難しいです。日本ネットワークセキュリティ協会の調べでも、情報漏洩の原因トップスリーは誤操作、管理ミス、紛失(置き忘れ)となっており、全ての漏洩の80%を占めます。「このパソコンだけでしか操作していないから大丈夫でしょ!」という考えが、どれだけ危険なのかがわかる数字だと思います。

とにかくエクセルだけというのは危ない…

データマネジメントというもの、1つの正しいやり方があるわけではありません。英語でReponsible Conductという言い方をしますが、これ自体YES/NOで分類できるものではなく、最悪・最低限・好ましい・理想と言う風に定義がどうしても曖昧なレベル分けになってしまいます。データマネジメントがお粗末だからと言って、不正とイコールでは(当然)ありません。ただ、エクセルだけでデータマネジメントをすることは、上で述べた通り、紙CRF、EDCのどちらと比較しても、大変好ましくないデータマネジメントです。研究倫理の観点のみならず、「不正」の疑いをかけられたときの対策という観点からも、可能な限りやめさせるべきです。

コメント

  1. CRFは慢性腎不全ではありませんよ。 より:

    そもそも、修正履歴を残す必要があるをご存知ない方が多いので、まずはそこから教育ですかね。先は長いなあ。

    • 管理人 より:

      コメントありがとうございます!CRFは慢性腎不全ではありませんよ。さんのご指摘の通り、修正履歴の意義についても、広く浸透しているとは言い難いですね…治験で紙媒体が主だったころでも、修正跡は「汚い」として、書き直して差し替えと言うのが普通に行われておりましたから、難しいです。電子媒体においてさえも、「監査証跡のクリーンアップ」と称して修正履歴に手を加えたいというリクエストがあったりと…記事のネタがつきませんね…

  2. 棒立ちの獣 より:

    大学では、多くの研究者が研究費と人手不足という問題を抱えていると思われます。
    研究はしたい、もしくは「しなければいけない」といった状況にあるドクターや研究者は、限られた「時間」「お金」「人手」で研究を形にしなければなりません。その質が良かろうが悪かろうが・・
    身近で使い慣れたソフトを使い、且つ時間と人手を使わず最小作業でデータを集めるざるを得ない状況が、「エクセルだけで管理」という状況にしている気がします。解析ソフトへのインポートもエクセルファイルで済みますしね。
    残念ながら、「リスクが・・」とか考えてる人は、まだまだ稀です。そもそも「CRFって何?症例報告書って何?」ってレベルの人もチラホラいるし・・

    • 管理人 より:

      棒立ちの獣さん、コメントありがとうございます。私も、アカデミアにおけるリソース不足が足枷になっているとは感じますが、近年ではそれに加えて、アカデミアで安定したポジションに着くのが非常に困難なのも大きな問題だと感じています。今の状態では「知ってる」人はなかなかアカデミアに流れ込んでくれず、かと言ってアカデミア内で育てても数年後にその人も企業へと流出(あるいは他の部署へ異動)してしまいます。何処から手を付けるべきか…難しいですね。

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