言われてみれば当たり前なのですが、データマネジメントに関する危機意識は、同じアカデミアでも分野によって異なります。少なくとも、オランダのKNAW(the Royal Netherlands Academy of Arts and Sciences)は、「Responsible Research Data Mangement and the Prevetion of Scientific Misconduct」と題した報告書でそう結論付けています。KNAWは、心理学者Diederik Stapel氏の長期にわたる研究結果の捏造が2011年に発覚したことで、これが氷山の一角であるか否かを調べる必要があると感じ、アカデミアに対してデータマネジメントの意識調査を行いました。当研究が最初から数値化されることが意図されていないため、報告書もあくまでエピソードの紹介という形に留まっておりますが、臨床研究におけるデータマネジメントの「意義」を考えさせる意味では、なかなか興味深いです。オフィスに何部か予備がございますので、ご興味のある方はお申し出下さい。
数学、論理学、哲学:懸念なし!
表題の学問の識者は、データマネジメントに関する懸念があるかとの問いに対して、はっきりと否定的な回答をしました。多くの場合、データ(文章)は誰でも自由に閲覧が出来るような類のものであったり、第三者による「再計算」による検証が可能であるから、としています。参考文献の選択が偏る等の好ましくない事態は考えられますが、こういったものは研究結果が公になるとすぐに指摘されます。
自然科学:心配の要素少ない…?
自然科学においては、教官による大学院生の監督、そして論文が厳しく査読されるため、データマネジメントの不正やミスマネジメントが指摘されないまま論文が掲載されるようなことは起きづらいとしています。また、不正を完全に防止することは困難だと前置きしつつも、データ収集が単独ではなくチーム体制で行われるため、チーム内およびリサーチグループ内での自浄作用も期待できるとしています。物理、化学、天文学などは、古来より定着している伝統に基づいて研究が実施されているため、比較的不正が起きにくいのかも知れない、とKNAWはコメントを付けています。
ただ、不正は結果であって、不正が起きにくいからと言ってデータマネジメントがきっちりしているのは当然イコールではありません。思うに、回答者が挙げた理由以外に、自然科学は理論と結果がセットになっている場合が多いのでは無いでしょうか。実験に生物の影響を無い、あるいは天文学の様に生物の影響が取るに足らないため、研究者だけで実験を繰り返し、再現性を確認できるので、多少大味なデータマネジメントでも問題になりにくいのでしょう。
臨床試験:分散が招く危険
ヒトを対象とする研究においては状況は(自然科学ほど)芳しくないと報告書は述べています。研究のほとんどは医師のPhDコースの一環で行われ、監督する教官は臨床で忙しく、興味の比重が研究に向いているとは言いがたい状態です。直接「不正」の原因にはならないかも知れませんが、「ノイズ」の原因にはなりうると報告書は指摘します。研究が複数の病院で行われることも関係して、データマネジメントの複雑さも増しています。このため、他分野と比較してEDC等のデータ管理ソフトの必要性も高いのでしょう。
計画書の立案から、最終的な査読までの、「自由に動ける」期間が長いのも、ヒトを対象とする研究の特徴だと思われます。そのため、他の分野より、この期間にモニタリングを盛り込むことが重要だという考え方も出来ると思います。尚、オランダでは、NIAZ(Netherlands Institute for Accreditation in Healthcare)と呼ばれるNPO法人により病院の監査が実施され、データマネジメントの実態もその対象に含まれます。NIAZは施設の監査以外に、内部監査人の教育も行っており、教育プログラムは6回にわたる講習で受講者16名までで200万円未満とリーズナブルな料金設定になっています。
日本は…
もちろん、そもそもの医学教育の内容がオランダと異なるため、日本で同じような調査を行った場合には異なる結果が出ると思われます。本書に挙げられている懸念事項(指導教官の多忙)と言う部分は、日本でもよく耳にする話なので、臨床試験・研究の教育だけを強化しても効果は限定的なのかも知れません。それでもPhD研究が成り立つレベルでの臨床研究が行えるということは、大学でしっかりと基礎知識を叩き込まれたおかげ、という印象を持ちますが。
今回は3分野についてのみ紹介しましたが、報告書は歴史学や農学についても触れた上で、最終的な提言を出しています。数値化が一切されていないため、なかなかまとめが書き辛いですが、今後の投稿でもちょくちょく参照することにはなりそうです。
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