挿したら最後、骨身にこたえる医療機器

CRC海外研修

少し前に訪問させていただいた、オランダのAlbert Schweitzer病院の整形外科でのお話です。整形外科領域での臨床試験は、あまり話を聞く機会が無いので、楽しみにしていました。今回は、とある医療機器を米国FDAで承認申請(適応追加)をするために、ヨーロッパで臨床試験を行う…というものでした。医薬品の世界でも、一つの国で売るために別の国で臨床試験を行うことは然程珍しくないかも知れませんが、医療機器においては日本や米国よりも先にまずヨーロッパで行うという流れが特に多いというのはよく耳にする話です。

医療機器においては、ヨーロッパ人はアメリカ人のための実験台だよ

ディスカッションの中で笑顔を見せてこう話す、訪問先の責任医師。薬が薬局にならぶまでの過程は、日米欧(いわゆるアイシーエイチ【ICH】諸国)である程度までは同じことを行う約束事が出来上がっています。基礎研究で薬になりそうなものを見つけ、イケそうと思われるものを選び、綿密に練られた計画で動物実験を行い、幾多の命の犠牲を経て、ヒト様における臨床試験が行われます。臨床試験を終えて、結果をお国に見てもらって、晴れて「売って良いよ!」と太鼓判をいただくわけです。

医療機器が医療従事者の「装備品」として利用できる様になるまでの過程は、薬の様に国際的な約束事が出来ているわけでは無いようです。そして、ヨーロッパでの販売は基本的に第三者機関による審査を経てのCEマーク取得が条件で、その時点である程度の臨床データを要求される場合もあるものの、医薬品のそれとは比で無いくらい「楽」とのこと。医療機器と言っても注射器、吸入器、照射器、インプラントと種類が豊富なのと、効果であったり安全性以外に、機器そのものの品質(不良品)も拾わなければいけない、製造工程も医薬品に比較してバリエーションが多いなど…聞く人によって国際的な統一化が進まない理由として挙げられるものは異なりますが、医薬品と同じやり方では統一化は難しいというのはなんとなく想像できます…あとは想像ですが、医療機器メーカーの8割が中小企業で、規制を厳しくしたら対応が大変というのもあるのでしょうか。

プレートの代替治療

前置きがだらだらと長くなりましたが、今回紹介のあった医療機器は骨折時のプレートの代替治療でIlluminOss(直訳すると「光る骨」…)です。百聞は一見にしかず、公式動画があります:

骨の中に細長いバルーンを挿し、歯科用セメントに似たようなポリマーを流し込み、骨折している破片をがちがちにつなぎ合わせるというものです。バルーンには、光ファイバーがらせん状に張り巡らされており、セメントを流し込んだ後、露出している端に青い光を当てると骨の奥までしっかり照射され、あっという間にセメントが固まります。

骨粗しょう症が進んで、プレートがうまく固定できないような骨でも、問題なく固定できる。すべて、一円玉くらいの大きさの切開から行えるため、手術の負担も比較的軽く、なにより術後のリハビリが早い…紹介頂いた症例はいずれも高齢な方々でしたが、すべて一週間以内、早いものでは翌日から治療部位の全機能が回復している(大腿骨治療で翌日には歩いていた…)、という結果でした。特に、高齢患者が長期入院する際に伴う様々なリスクを大きく軽減出来るのは、魅力的に感じました。色々と新鮮だったのもあり、これが「ト○ビアの泉」だったら余裕で「へー」がカンストしていたと思います。

ん?でもまて、臨床試験?

今回、適応追加の臨床試験ということだったのですが、どうやら初回の申請時に橈骨を適応部位として含めるのを諸事情により怠ったので、通常のプレート&ネジによるインプラント治療との比較試験が必要になったとのこと。「でも…他の部位での利用データから、通常治療と非劣勢は証明されているはずなのに、それでもプレートとの比較試験をやるのって、どこか気持ち悪い気がしなくも無いですが…」と、外科領域の知識ゼロのオランダ人がボソッとつぶやくと、責任医師は「そう。患者側の負担も、医師側の負担も少なく済むという意味では、IlluminOssに軍配が上がることは間違いない。価格も、企業努力でプレートと同程度になるようにしてもらっている。」と…そしてすぐに付け加える「でもね、この治療法には挿したら最後、やり直しは不可能、という決定的な欠点がある。」

納得。

そのため、オランダでは基本的に65歳以上の患者でなければ使用を認めていないとのこと。なお、医療機器天国と名高いお隣ドイツでは20歳でも普通に使っているらしいのですが…

日本国内での承認申請の予定は今のところ不明ですが、2014年のMedical Globeに紹介記事はありました。

image

骨に挿入されたバルーンの様子:左はポリマー注入前、右は注入後。見事に骨全体にフィットしているのがわかる。

コメント

タイトルとURLをコピーしました