夏期休暇にて富里のとある温泉へ行き、なかなか良い湯を堪能した後サウナに入室してポケーッと考え事をしていたら、隣のご年配の方々の会話が耳に入る。知り合いが突然亡くなって、しばらく大変だったと。気持ち的にお別れを言う間もなく、事が運ぶ。「ぽっくり」だと本人は一番「楽」かも知れないけど、周りは一番大変…という趣旨のことを漏らしていた。「でも、がんも辛いよ?」ともう一人の方が言うと、「それはそうだ、でも、ありがとうとか、そういうこと言う機会はあるだろ?」と。そういえば、自分が最初にかかわった臨床研究は、癌患者を対象にしたものだったな…と、記憶が蘇る。
患者対応の経験が全く無いのに、初仕事が癌患者対象と言うのは、今考えると上司もずいぶん思い切ったことをしたなと思うが、当時はそういった風には受け止めておらず、「初仕事だ。がんばろ!」程度でした。何も知らないから、始める前から不安になる要素もまるで無い。研究内容は抗がん剤治療前後で、心不全のバイオマーカーが疑われる物質を測定するパイロット試験、というもの。業界用語を省いて言うと、とある抗がん剤が心不全を引き起こすことが知られているが、抗がん剤を投与した全ての患者が等しく心不全を発症するわけではない。心不全が起こる患者と起こらない患者を事前に特定できないものか、というのを調べる研究です。治療の前後で採血をして、心電図を取って、血液の値あるいは心電図の波形から、心不全の兆候を発見できないか、という趣旨です。
同意説明はリサーチナースの方が行い(医師から事前に打診があり、最終的な同意取得はもちろん医師ですが)、そこから先は僕にバトンタッチ。12誘導心電図の貼り方は、事前に同級生を対象に何度も練習はしていたものの、いざ患者さんとなると管が干渉したり、四肢に電極を貼り付けられない場合があったり…ものすごく大変だったと記憶しています。採血は当然病院スタッフの方で行いますが、病棟ですので、ナースがなかなか対応出来ないこともしばしばあり、患者さんと二人きりの時間が長いです。参加いただいた患者さんは、特定の抗がん剤を使っているという以外は、年齢、性別、疾患(子宮、乳、骨肉腫)、治療、様々です。当然ながら、性格も状況もそれぞれ異なります。明るい患者さんもいれば、そうでない患者さんも当然いて、看護のトレーニングゼロの自分は精神力をゴリゴリ削られることもありました。
採血だって辛い。まさぐるような不慣れな手先の若造に電極を貼られるのだって、嫌だなと思われていた方ももいると思います。最終的には十数名xクール数x3ポイントのデータが集まりましたが、皆さん本当に良く協力してくれたなと感謝ばかりでした(協力費らしきものと言えば調査期間満了時の2000円相当の図書券のみ)。初仕事でよほど印象が強烈だったのか、一人一人、はっきりと思い出せます。いまでも、当時の経験に色々助けられていることもあります。自分の中で「がん患者」という概念がなくなって、「がんを患う人」に置き換わった貴重な体験でした。
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