日本臨床薬理学会CRC海外研修の帰朝報告を聞かれた方々ならご存知だと思いますが、オランダをはじめ欧州の国々の倫理委員会(≒日本でいうところの治験審査委員会)数は日本のそれより劇的に少ないです(ベルギーのみ人口あたりの倫理委員会数が日本と同水準です)。日本の病院数が多いこと(人口調整しても米の3倍、オランダにいたっては10倍以上)も原因の一つだと思われますが、2015年12月10日のカウントでなんと:
1240あります。ちなみにオランダは23、ドイツは53、フランスは39…といった具合です。Wikipedia先生を参考に人口調整してみても、日本の治験審査委員会数が凄いことになっていることがわかります。何故、このようなことが起きているのでしょうか?
オランダも昔はたくさんあった
一時は、オランダにも100を超える倫理委員会がありました。まだこれでも日本より少ないですが、上で触れたようにそもそもの病院の数の違いがあります。委員会の構成にも、各委員会の治験の取扱件数・経験値にも大きなばらつきがありました。1999年に、オランダ版GCP法である「WMO」が施行され、その中には中央倫理委員会(CCMO)の設置、そして国内の各倫理委員会はCCMOの認定をもってのみ設立することが可能、ということになりました。CCMO設立当初は、暫定的に81の倫理委員会を期限付きで認定し、三年後にCCMOが定める基準を満たしている委員会のみ認定を継続することにしました。その基準の一つが、年間10件以上の新規研究を審査していなければいけない、というものでした。その基準だけを見ても、当初それを満たしている施設は30ちょっとでした。これだけ見ると強引な間引きの様に感じられますが、実際には3年間の猶予期間の間に委員会同士で合流するなどの動きがあったとのことです。また、病院の統廃合によって、自然と委員会が統合されたケースもあります。詳しくは臨床評価30巻2・3号397~405ページをご参照ください。
簡単に認定を取らせない
日本の治験審査委員会の構成は省令GCP第28条にて下記の通り定められています:
- 治験について倫理的及び科学的観点から十分に審議を行うことができること。
- 5名以上の委員からなること。
- 委員のうち、医学、歯学、薬学その他の医療又は臨床試験に関する専門的知識を有 する者以外の者(次号及び第5号の規定により委員に加えられている者を除く。)が加 えられていること。
- 委員のうち、実施医療機関と利害関係を有しない者が加えられていること。
- 委員のうち、治験審査委員会の設置者と利害関係を有しない者が加えられているこ と。
対して、オランダのWMO第16条で定められている倫理委員会の構成は下記の通りです:
- one physician
- persons with expertise in: the law, research methodology, ethics
- a person charged with the task of examining protocols specifically from the subject’s point of view
- in the case of the review of clinical trials involving medicinal products, persons with expertise in: pharmacy, clinical pharmacology
表にまとめてみると、オランダの方が要件が厳格に定められていることがわかります:
専門 | 日本 | オランダ |
医学 | 要 | 要 |
法学 | 不要 | 要 |
生物統計 | 不要 | 要 |
倫理 | 不要 | 要 |
薬学 | 不要 | 要 |
薬理学 | 不要 | 要 |
非専門委員 | 要 | 要 |
外部委員 | 要 | 不要 |
少し解説すると、Research Methodologyは実際には「生物統計」を指している様で、Ethicsの専門家は神学や哲学などの専門家が多いとのことです。外部委員要らないの?と思われるかも知れませんが、日本の治験審査委員会と異なり、設置は病院長ではなくCCMOの太鼓判をもって行われること、そもそも実施医療機関とは「独立」した委員会であることが大前提であること、非専門員が外部のものであるのが多いことから、あまり必要性は感じていないそうです。自浄作用が充分にあるだろうという一般認識があると思われます。ここは、国民性の違いでしょうか。それにしても、こんなに設置条件を厳しくして、国内の治験の審査をすべて捌けるのでしょうか?これにはちょっとした工夫があります。
多施設共同研究でも一か所で審査
そもそも、少ない数の倫理委員会でも困らない一番の理由は、各参加施設で個別に審査をしないからです。当然、各参加施設で実現可能性については会議を開きますが、研究の倫理面・科学面については審査を行った倫理委員会の結論を受け入れます。審査を行う倫理委員会以外の倫理委員会が同じプロトコルの審査を行うことは明確に禁じられています(やったとしても法的な効力はなんらありません)。そして、どの倫理委員会で審査が行われるかは、基本的にスポンサー(治験依頼者)が指定します(一部特殊な研究は、CCMOで審査が行われます)。日本の現在のやり方に比べ、専門性が一か所に集中するため、審査の質の向上、そして治験の立ち上げが早いというメリットが考えられます。
…一方、日本は…
日本でもやれば良いのに…と思われるかも知れませんが、日本でもこれを可能にする法改正は既に行われており、一部の法人では既に導入も行われています。ですが、全体を見ると普及は限定的で、大学病院に至ってはほとんど実現できていないというのが現状です。自施設の方針・事情への理解不足であったり、自施設被験者の倫理・安全の確保が不明確等の懸念もあるとされていますが(製薬協のタスクフォースペーパーより)、前者については倫理委員会で論ずるものではなく、後者については倫理観が施設間で異なることがそもそもあってはならないことだと考えられるので、該当するケースは極わずかだと感じています。欧米、そして今後は中国との「治験の実施国」としての競争力を考えた場合、普及していない現状に危機感を覚える方は少数派なのでしょうか?
コメント
IRBの質の担保、IRB委員の教育については、おそらくどの医療機関も取り組んではいるものの、よりよい方法を模索しているのではないでしょうか。
1000を超える委員会の質の維持って、難しいですよね。
自施設以外の中央IRBに依頼したら、GCPでも定められた「実施可能性」ってどこで担保するのかな、と思っていましたが、オランダでは自施設でこれのみ審議(確認?)しているということですね。確かにそのような手順を踏めば、問題なさそうですね。
コメントありがとうございます。おっしゃる通り、1000を超える委員会の質の維持は難しいと思います。難しいどころか、現状では質を維持する(2005年以降の新しい)試みも無いように思えます(自分が把握していないだけかも知れませんが)。